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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)1026号 判決 1976年4月09日

上告人

柳充弘

右訴訟代理人

灘岡秀親

被上告人

森山平四郎

右訴訟代理人

小出吉次

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分についての被上告人の控訴を棄却する。

原審における被上告人の予備的請求を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人灘岡秀親の上告理由について

被上告人は、訴外野田九州男に対し、同人を代理人として、被上告人の訴外日産火災海上保険株式会社に対する自動車損害賠償保障法に基づく損害賠償金の請求及び受領に関する一切の権限を委任するとともに、右の請求及び受領について復代理人を選任する権限を授与し、訴外野田は訴外西岡正に対し、同人を復代理人として右請求、受領の権限を委任するとともに、復代理人選任権限を授与し、さらに、訴外西岡は、上告人に対し、上告人を復代理人として、右請求、受領の権限を委任した。

上告人は、訴外会社から昭和四七年一二月七日上告人名義の普通預金口座に前記損害賠償金として、二四九万円の振込みを受けたのでその払戻を受けたうえ、同月一一日ごろ二四九万円を訴外西岡に交付し、同人は同月二四日これを訴外野田に交付した。

原審は、以上の事実を適法に確定したうえ、右事実によれば、被上告人と復々代理人たる上告人との間には、民法一〇七条二項により、被上告人と代理人たる訴外野田との間の内部関係と同一の内部関係が生じるから、上告人が委任事務を処理するに当たり金銭を受領した場合は、被上告人は上告人にだけその引渡を請求しうべく、したがって、上告人が右金銭を訴外西岡に交付したか否かを問わず、被上告人に対して右金銭を引渡すべき義務があるとして、右金銭を訴外西岡に引渡したとする上告人の主張を排斥して、被上告人の請求を全部棄却した一審判決を変更し、右受領金の内金一二九万円及び本訴追行のための弁護士費用一三万円並びに右各金員にする昭和四八年五月二一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で被上告人の請求を認容したものである。

思うに、本人代理人間で委任契約が締結され、代理人復代理人間で復委任契約が締結されたことにより、民法一〇七条二項の規定に基づいて本人代理人間に直接の権利義務が生じた場合であっても、右の規定は、復代理人の代理行為も代理人の代理行為と同一の効果を生じるところから、契約関係のない本人復代理人間にも直接の権利義務の関係を生じさせることが便宜であるとの趣旨に出たものであるにすぎず、この規定ゆえに、本人又は復代理人がそれぞれ代理人と締結した委任契約に基づいて有している権利義務に消長をきたすべき理由はないから、復代理人が委任事務を処理するに当たり金銭等を受領したときは、復代理人は、特別の事情がないかぎり、本人に対して受領物を引渡す義務を負うほか、代理人に対してもこれを引渡す義務を負い、もし復代理人において代理人にこれを引渡したときは、代理人に対する受領物引渡義務は消滅し、それとともに、本人に対する受領物引渡義務もまた消滅するものと解するのが相当である。そして、以上の理は、復代理人がさらに適法に復代理人を選任した場合についても妥当するものというべきである。

そうすると、上告人が本件受領金を訴外西岡に交付したか否かを問わず、これを被上告人に引渡すべき義務があるとした原審の判断には、法令解釈の誤りがあり、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。

そして、原審の適法に確定した前記事実関係によると、被上告人の復々代理人である上告人は右受領金を被上告人の復代理人である訴外西岡に交付したというのであり、本件において前叙特別の事情についてはなんら主張、立証がないから、被上告人はもはや上告人に対して右受領金の引渡を求めることはできないものというべく、弁護士費用の支払を求めることも、右引渡請求権があることを前提とするものであつて、理由がないから、右破棄部分についての被上告人の請求は排斥を免れず、右請求を棄却した一審判決は結局相当であつて、この点についての被上告人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。また、上告人は義務なくして被上告人の事務を管理したとして、上告人に対し右受領金の引渡等を求める被上告人の原審における予備的請求が理由のないことも、原審の適法に確定した事実関係に照らして、明らかなところであるから、右請求も棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲)

上告代理人灘岡秀親の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明かな法令の解釈を誤つた違法か、理由齟齬の違法がある。

(一) 原判決は其の理由に於て、

そして、控訴人が野田に、同人が西岡に順次前記損害賠償金の請求および受領に関する一切の権限を委任するにあたり、控訴人名義の名宛人欄白紙の委任状が順次交付され、西岡がさらに被控訴人に右損害賠償金の請求および受領に関する権限を委任するにあたり、右委任状の委任者欄に被控訴人の氏名を記入したことは、さきに引用した原判決理由説示のとおりである。

右認定の事実から判断すると、控訴人が野田に、同人が西岡に順次前記損害賠償金の請求および受領についての復代理人選任の権限をも授与したものと解するを相当とする。

と判示した。

原審の右判示については、上告人は之を争わない。

(二) 然し乍ら原審が、

そうだとすると、控訴人と復代理人たる被控訴人間とは、民法第一〇七条二項により、控訴人と代理人たる野田間の内部関係が生じたものというべきであるから、本件の如く被控訴人が委任事務の処理に際して金員を受領した場合には、控訴人は被控訴人にだけその引渡を請求しうるものというべきである。

したがって、被控訴人は右金員を西岡に交付したか否かを問わず、控訴人に対して右金員を引渡すべき義務があるものといわねばならない。

と判示した点については、上告人は到底之に承服することは出来ないところである。

(三) 民法第一〇七条二項により、復代理人は本人に対しては、代理人と同一の権利義務を有することは原判示の通りであるが、原判決には上告人が本件保険金を受領した後は当初代理人に選任された野田の代理権の存在を無視した、換言すれば、野田の代理権は存在せないことを前提として、本件事案を観察したうらみがある。

謂うまでもなく本件事案は、

先ず野田が被上告人から代理人に選任され、その野田が西岡を復代理人に選任し、更に西岡が上告人を復代理人に選任した。

ものである。

従つて、復代理人たる上告人には、原審が謂うが如く、本人たる被上告人に対しては、代理人たる野田と同様の権利義務があるが、然し乍ら復代理人となつた西岡にも亦、本人たる被上告人に対しては、代理人たる野田と同様の権利義務があるわけである。而して上告人が復代理人に選任されたからと云つて、野田の代理権、西岡の復代理権が直ちに消滅するわけのものではない。

故に

(1) 復代理人となつた上告人が、本件保険金を復代理人として受領したならば、上告人は上告人を復代理人に選任した西岡か、或は本人たる被上告人に之を交付する義務があり、之を履行すれば良いわけである。

(2) 野田から復代理人に選任された西岡が、前記の如く上告人から本件保険金の交付を受けたならば、西岡は自己を復代理人に選任した野田か或は本人たる被上告人に之を交付すべき義務があり、之を履行すれば良い筈である。

右の事項を言い換えれば、本人たる被上告人は、

(1) 復代理人たる上告人が、本件の保険金を受領して之を所持して居る間は上告人に対して、

(2) 復代理人となつた西岡が、之を上告人から交付されて之を所持している間は西岡に対して、

(3) 代理人たる野田が復代理人たる西岡から之が交付を受けて之を所持して居る間は野田に対して、

夫々請求をする権利があるわけである。

然るに原審は、上告人が復代理人に選任され、保険金を受領した場合には、被上告人は上告人にだけその引渡を請求し得るものであり、上告人が西岡に右金員を交付したか否かは問うところに非ずと判示して居るが、前述の如く此の判示は明らかに法令の解釈を誤つたか、理由に齟齬があると謂わねばならない。若し原審が謂うが如く、被上告人は上告人にだけ請求し得るものとすれば、被上告人は既に保険金二四九万円のうち、金一二〇万円を野田から受領して居るが(森山トモエの証言)之は如何なる権限に基き受領したものであろうか。又上告人にだけ請求し得るものとすれば、被上告人は保険金の残金一二九万円だけでなく全額の金二四九万円を何故に請求せないのであろうか。又被告人が野田を告訴した(証人森山トモエの証言)のは何の根拠に基くものであろうか。

上告人は、上告人が西岡に保険金を交付した後は、被上告人は復代理人の西岡か、代理人の野田に請求する権利があると確信するものであるが、原審が上告人が西岡に交付したか否かは問うところでは無いと判示して居るのは果して妥当な判断と謂い得るのであろうか。

原審判断には、右列記の如き疑問点を明快に解明する事の出来ない矛盾があり、上告人は之の矛盾が、判決に影響を及ぼすことが明かなる法令の解釈の誤りであり、又は理由に齟齬があると云う所以のものである。

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